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嗚咽 その2 より

532 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/04/03 00:44 ID:dCesxX7y
ちょっとスレと沿わないのかもしれませんが。

私が中学生の頃です。
私立中に進学しろ、と言う親の反対を押し切って地元の公立校に
進学したものの、同級生からの嫌がらせに遭い、自殺すら考えていました。
小学校の頃の友達とも疎遠になりがちでしたし、公立に進むと
言ってしまった手前、親にも打ち明けられずに思い悩む毎日でした。

そんなある日のこと、別の中学に進学した友人から電話が…。
大した用件でもないのにわざわざかけてくるなんて、といぶかっていると
彼女は電話を切る間際に「最近、元気ないんだって?」と言ったのです。
とてつもなく嬉しい一言でした。
「え、まさか。元気だよ〜」と言ってしまった自分がちょっと笑えます。
「やだなぁ、泣いてるでしょ?」
「泣いてないよ〜」

Sさん、あなたはここを見ていないでしょうし、こんな会話を覚えては
いないでしょう。電話を切った後、私は大泣きしました。
あなたのような人がいたことを忘れていたことが悲しくて、そして嬉しくて。
今でも、つらいときに思い出します。あなたがいて、本当によかった。


735 名前:hoge 投稿日:02/04/03 15:01
小学生の頃、よくケーキをつくってくれた母。
スポンジに生クリームとイチゴっていう、ありふれたものだったけど、
僕と弟はそのケーキが世界で一番好きだった。

母がつくってる最中、生クリームを泡立てるの手伝っては
ごほうびに泡だて器に残ったクリームをぺろぺろなめつくしたり、
銀色のつぶつぶしたトッピング(?)を食べ尽くしては叱られたり、
永遠に続くと思っていた平和なひととき。

でも両親は離婚してしまって、もう二度とそんな日はもどってこない。
母はいないのに、母が居た台所や使っていたモノだけが残ってて、
それが余計悲しくて、小さかった僕は、ぺろぺろした泡だて器やらお皿やら
全部捨てた。
もっと小さかった弟は、母の思い出がなくなってすごく泣いて怒ったけど、
僕がその後なれっこないけど母親がわりになろうと頑張った気持ちを
わかってくれたのか、許してくれた。

今はもう大きくなって母ともたまに電話したりするけど、
正直、どんな言葉をかけてくれたり、たまに食べ物送ってくれたりするよりも、
あの頃のケーキをもう一回いっしょに食べたいよ。

長文すみません。


オヤジとサシで・・・ より

229 名前:呑んべぇさん 投稿日:2001/07/31(火) 12:03
親父は大学生のときに他界してしまった。
学校を中退して、親父の跡をついでなんとかやってこれた。
年の離れた弟が、来春無事大学を卒業できそうだ。
自分が出来なかった卒業を弟が果たしてくれてとてもうれしい。
ついこのあいだ弟とのんだ。
「うちは兄貴が親父だったな。大学まで出してくれて感謝してる。」と言われた。
親父が死んだ哀しみ、仕事の大変さ、中退したときの無念さ、そんなことがすべて
胸に浮かんできて、ひどく泣けてしまった。



育児板・泣いた話 より

332 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/03/30 23:07 ID:irEJhPCw
うちのハハオヤが言ってた話。

私は、年子の女2人姉妹の妹なんだけど、姉は生まれたときからすごく
手のかからないおとなしい子だったらしい。姉が一歳三ヶ月で私が生ま
れてからも、それは変らず、母はそれにかまけて私にかかりきりになっ
ていたそうだ。
姉が幼稚園に入園した時、入園式で園長先生に、
「明日からお母さんと仲良く手をつないで、登園して下さいね。」
と、言われた。
で、次の日、母が姉と手をつないで幼稚園に行こうとしたら、姉は手を
もぞもぞ動かしてちゃんとつながなかった。母が、
「○○ちゃん、何してるの。ちゃんとつなぎなさい。」
と言うと、姉は
「お母さん、手ってどうやってつなぐの?」
と聞いたそうだ。
それまで、出かけるときは母は私のベビーカーを押し、姉は母のスカ
ートや、バッグの取っ手、ベビーカーのフレームなどをつかんでいた。
母は、こんな小さい子供が手も満足につなげないなんて、自分はなん
という事をしてしまったのかと、情けなくて涙が出てきたって。

私はそれまで、姉のことをワガママで勝手な嫌な女と思っていたのだ
けれど、そう思っていた自分が少し恥ずかしかった。今では、お互い
結婚してすごく仲良くなったけど、自分に子供ができたら、姉のよう
な思いはさせないようにがんばろうと思う。

349 名前:名無しの心子知らず 投稿日:02/04/02 20:51 ID:+NScL1k1
うちの息子もようやく4歳。男の子だけど赤ちゃんが大好きです。
半年ほど前から家のあちこちに飾ってある赤ちゃんの写真を見ては、
「ねえねえ、この赤ちゃんはだあれ?」と聞くようになりました。

「これはね、ヒロくんのお姉ちゃんのユキちゃんだよ。
ヒロくんが生まれる前に死んじゃったの」
最近、その説明の意味がようやく理解できるようになったようです。
他の兄弟がいるお友達を見るととても羨ましそうに
「きょうだいなの? ねえ、きょうだいなの?」と訊きます。
「なんで僕だけ、お姉ちゃんと遊べないの?」と言って泣かれたときはこちらも辛かった……。

ごめんね、お母さん、体が悪いからもう赤ちゃん産んじゃだめなんだよ。
ほんとはユキちゃん産むのだってお医者さんに反対された。
ヒロくん産んだときは本当に死にそうだったの。

いつか、ヒロくんにかわいいお嫁さんが来るから、そしたら赤ちゃんを作ればいい。それがきっとユキちゃんだよ。

そう説明したら納得してくれました。

でも
「えーっ、でもぼく、赤ちゃんの作り方わからないよー」
と言われてこれには苦笑。
夫が
「大丈夫だ、オマエが知らなくてもきっとお嫁さんが知っている」
とつっこんで大笑いになりました。

落としてスマソ。




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