PickUp #171  2002.12.27   <- Prev  Home   Next ->


オヤジとサシで・・・ より

857 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/02/25 01:23
今日(日曜の話だが)、両親と俺の引っ越し先の部屋を掃除した。
本当は俺1人でやる予定だったのだが、引っ越しの手続き関係で土曜に帰省した
ときに酒を呑みつつ父親に話をしたら、
「それなら俺と母さんも行く。3人でやった方が早く片づくだろ」
と言い出したためだ。
結局、俺は大した仕事もせず、両親が床のふき掃除からトイレ掃除までやって
夕方実家に引き上げていった。

そして、所用を済ませ「もう親父は寝てるだろうなぁ(朝が早い仕事なので夜は早く寝てしまう)」
と思いつつ実家に戻ると、父親がまだグラスを片手に俺の帰りを待っていた。
母親に聞いたところ「あんたと一緒に呑みたくてずっと待ってたのよ」とのこと。
昼間の力仕事で疲れているだろうに・・・と思いつつも嬉しくて父親といろいろ話をしつつ杯を重ねた。

酒が回ってだいぶ良い気分になり、会話も一段落ついたところで母親が白い封筒を
俺の前に差し出した。

10万円入っていた。

「本当はこれ、前から欲しがっていたパソコンを買うためにお父さんが貯めてた貯金
なんだけど、『(俺の)引っ越し資金の一部として渡してやれ』ってお父さんが言うから」
と母親が言った。
もちろん、俺自身一応引っ越し資金は用意してたし(財形貯蓄を取り崩したんだが)、
父親が自身のために貯めた金をはいそうですかともらうわけにはいかない、と何度も
言ったが
「今買えなくてもパソコンは逃げやしないよ(笑)」
と言って取り合ってくれなかったし、母親は
「お父さんは結構お金持ってるから大丈夫よ」
と笑っていた。

だが、正月に帰省した時は父親の会社がリストラの影響で給料を大幅にカットされ、
元々「健康維持とちょっとした小遣い稼ぎのため」に始めた母親のパートの給料も
生活費に回さなければならなくなるだろうと一緒に酒を呑んだときに父親が話していたのだ。
そんな状況の中で本当ならば、パソコン購入ではないにしろいざというときのために
取っておきたい金だろうに、曲がりなりにもいっぱしの給料取りになった自分の
引っ越しなんぞのために惜しげもなく手放すなんて。

俺は両親の心遣いのありがたさと、仮にも社会人として独立しているにも関わらず
親に金の心配をさせてししまう己のふがいなさがないまぜになり、両親に見送られて
帰途につく間、ずっと涙が止まらなかった。

親父。母さん。
すまない。そして、ありがとう。
あなたがたは俺にはもったいないくらいの素晴らしい親です。

この金は使わず取っておいて、今度、俺のほんのささやかだけどできるだけの気持ちを
添えて本来の目的のために使おうと、今、考えている。

長文駄文申し訳なし。

866 名前:呑んべぇさん 投稿日:02/02/27 00:54
今日2月27日、親父の命日
生きているうちに息子と呑む事が出来なかった親父のことを考えながら今飲んでいる
夕方からは親友たちに呼ばれるだろうから今のうちに俺の相手をしてもらうことに…

俺が高1の時に親父は死んでしまった
当時俺は余りにも若すぎて親父を親としか見れなかった、一人の人として見れなかった
そのため今俺は21になって全く親父を思い出せない、表情もセリフも全く思い出だせない
しかし、写真を思い出していたら親父が映っている昔の写真の一枚を鮮明に思い出した
親父が初めて生まれた赤ん坊を抱いて笑っている写真、俺を抱いて笑っている写真だ
いつかこの息子とジャズを聞きながら酒を飲む、という事を考えて笑ってたのだろうか?

俺は今、親父が好きだったジャズを聴きながら飲んでいて、親父と話している
21才の時どんなところに住んでいたか?どんな曲を聴いていたか?彼女はいたのか?
今俺はとてつもない悩みを抱えていて助けて欲しい、お父さんに助けて欲しい
しかし、当然の事ながら何も答えてくれない、白々しいまでに俺は孤独なのだ
信頼し尊敬できる、人としても親としてもかけがいのない人間を失ってしまった
このことを今更ながらとても悲しく思う

今日は親父も大変だろう
愛し愛された妻に、尊敬しあった親友たち、そして息子にまで呼ばれてるんだから
そして、感傷に溺れているこんな俺を見たら、軟派な男だと馬鹿にするだろうな

888 名前:名無し女 投稿日:02/03/02 03:03
親と御酒・・・・大人にならないと近づけない言葉だなぁと思った。色んな意味でね。
生まれてこの方母親とは一生仲良くやって行けない人間だと思ってた。
ものすごく母親とは折り合いが悪くて大学も辞めて一人で暮して・・・
歳をとってきた所為か最近母親が丸くなり徐々に交流が出来た頃
母親が上京してきた。
一緒に家でお酒を飲もうと言い出した母がワインを選び始めてビックリ。
そんな洒落たモン(W 飲む人だとは思ってなかったし、聞けば
「最近流行ってるから私も飲んでいるのよ」
母よ・・・あんたもか・・・(丁度ワインブームの頃)
初めて母と気があった。そしてワインを飲みながら色んな話をした。
仕事についてや、付き合う男の話とか・・
不思議な事に付き合う男の話では友達以上に意見が合う。
どうしてかな?・・って笑いながら話していたけど
段々酔っ払ってきて母も私も昔のことを謝り始めてきた。
あんたには母親として至らないことが沢山あったね、って。
責めなかった。私も不出来な娘だよって一緒に謝った
若かった頃には母の気持ちなんて寸分も考えてなかった自分が
母を責められようか?
「○○ちゃんも昔みたいに噛みついてこなくなったんだね・・
 そうだよね。一緒にワインなんか飲めるようになったんだもんね・・」
そうだよ。お母さん。私ワイン飲める歳になったんだ。
もっとこうやって御互いを思いやってればこんなに遠回りしなかったのにね
私全然大人じゃなかったんだよ。アノ頃。
本当にごめん。
二十歳過ぎたから、お酒が飲めるようになったからって大人に成ったわけじゃなかったんだ。
お母さんとのワイン。また飲みたい。
「大人」って生きモノは成長する事を知ったから。

957 名前:べー 投稿日:02/03/29 22:27
父は電気関係の工事下請けをやってました。
お世辞にも稼ぎが良かったとはいえなかった。
その下請けの仕事も漏れが中学生のときに首になったみたいで、
そのころから、昼間から家にいて頭を抱えているのを見てきた。
気が小さく真面目は真面目だったので、躁鬱になるのは時間の問題でした。。。

2年後
家は裕福ではなかったけど両親ががんばってくれて、
漏れは、私立ではそこそこの進学校に進むことができました。
タイミング悪く、父は心臓を患って入院。
その頃の父は、仲間のツテで新しい会社に仕事をチョビチョビ下ろしてもらっていました。

当時、血気盛んだった(藁)漏れはこう思いました。
『学校逝ってる場合ではない!!
 バイトしなきゃ!!』

もうね、アホかと。
でも、漏れにできることはこのぐらいしかないと思いました。

つづく

958 名前:べー 投稿日:02/03/29 22:46
つづき

で、稼ぎの(・∀・)イイ!! アルバイトをしながら学校に通うんですが、
もともと不器用な為に学業はおろそかになってきました。

そのころ入退院をくり返してた父も、半年後には職場に復帰する頃ができました。
しかし以前のような仕事量もこなせない体になってきた父は、下請けなのに仕事を断る事も増えてきました。
そこまで、世間も甘くない。
病気のこともあって多めに見ていてくれた仕事先にも、ついにクビにされちゃいました。

躁鬱は悪化。無職。家にも居場所がない。
男として、これほど辛いこともないかと思います。

そのころには、漏れもモメにモメて学校を辞めていました(藁
生活も不安定だったんですが、そのころは妙な使命感に燃えてる自分がいましたね。
それが、あとで災いしました。。

つづく

959 名前:べー 投稿日:02/03/29 23:30
つづき

時は流れ、漏れも成人式を迎えようかという頃になりました。
父は昔の仕事仲間に回してもらった仕事をタマ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━にやるだけだったんですが、それもあんまりヤル気がなかったようです。
問題はメンタルな部分だったんですね。

気の小さい父には、いろいろプレッシャーだったんでしょう。
ある日、自分で命を絶ってしまいました。






もうねアホかと、バカかと。。。


お父さんね。
みんなで普通の家庭にしたかったんだよ。
それだけだったんだよ。
漏れの力が足りなくてごめんなさい。
もう、何を言っても無駄なのはわかっています。

でも、ホントに一度でいいから
酒を酌み交わせばよかったyo。。

983 名前:たー 投稿日:02/04/21 22:44
まじめな親で、家に帰ってからの晩酌だけが楽しみな親だった。
俺から見て何が楽しいのかわからなかった親だった。

俺が親父とさしでのみにいったのは
会社に就職が決まった時。
高卒で決まった俺と、高専卒で決まった兄貴と二人で就職祝いに
「ラウンジ」に連れて行ってもらった。
「社会人になったらこんな店もしらんといかんぞ?」って行って連れて行ってくれた。
俺らと酒が飲めるのがとても嬉しくって、部長に自慢をしたら
「会社の経費で落としていいからエエところ教えてやれ」と言われたらしく、
物凄い所に連れて行ってくれた。
俺は酒なんて飲めないけど、大人になった気がして、
不味いとしか感じないビールや日本酒を調子に乗って飲んで、
ヘベレケになって吐きまくった。
「ラウンジ」の記憶なんて入った瞬間から無くって、
気がついたときには家の和室で洗面器とにらめっこしてた。

もちろんまじめな話なんて出来なかった。
でも、お父さんは笑いながら洗面器もってくれてた。
今考えたら、楽しかったんだと思う。

親父はそれから一年経たないうちに入院して
お酒を止められてしまった。
そして、3年後に無くなった。
晩酌だけが楽しみだった親父が晩酌止められて、
息子の俺ともまともに話も出来ない酒が最初で最後の飲みになった。

あれから、7年。
おれは、少しだけ大人になった、お酒もおいしくなってきた。
今の俺はとても悩むことが多くて、お酒を飲んで親父に相談したいことが山ほどあるよ。
今なら、きっと、大人の飲み方も出来る。
大人の話も出来ると思うよ。

酒が飲める「子供」の俺じゃなくて、
「大人になった俺」と、大人の相談、乗って欲しかったよ。



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