No.312 嗚咽 その7 より
- 71 :大人の名無しさん :04/10/06 20:55:44 ID:4utVLvO1
- 私の前の上司(課長)は無口、無表情。雑談には加わらず、お酒も飲まず、人付き合いをしない堅物でした。
誠実公平、どんな時でも冷静なので頼もしい上司なのですが、堅過ぎて近寄りにくい雰囲気がありました。
そんな課長の机の上には奥さん、子供四人と写った写真が飾られてて、
「あの朴念仁でも家族は愛してるんだな」と微笑ましく思ったものです。
何年経っても同じ写真が飾ってあったので、理由を聞いてみたら、
「一番かわいかった頃の写真だからね」と照れ笑いを浮かべながら答えてくださいました。
それが私の見た唯一の課長の笑顔でした。
そんな真面目一徹、入社以来無遅刻無欠勤の課長が三日続けて無断欠勤。
家に電話しても誰も出ず、親族の連絡先も分からなかったので、
部長が直接課長のマンションを訪ね、管理人さんにお願いしてドアを開けていただきました。
課長は玄関で倒れていて、既に冷たくなっていました。急性心不全だったそうです。
部長が管理人さんに課長の家族がいつ戻ってくるか聞くと、「○○さんには家族はいないですよ」という返事。
あわてて人事部の資料をほじくり返すと、確かに課長には家族がいません。
課長は10年前に中途入社した人なので、それ以前に家族に逃げられていて、
写真を見て幸せだった時代を懐かしんでいたんだと思い、少し悲しくなりました。
結局、課長の葬儀にも家族も親族も顔を出さず、血縁の人たちの冷たさにもっと悲しくなりました。
後日墓参りに行くと、立派なお墓が立っていました。死んでやっと家族と和解できて、
立派なお墓を立ててもらえたのかと安心して墓石を見てみると、愕然としました。
お墓は古びていて、課長と同じ名字の名前が墓誌にいくつも彫ってありました。
課長以外は全員十数年前の同じ日に亡くなっていました。
家族を一度に亡くしてからの十数年の歳月を、彼はどんな気持ちで過ごしていたんでしょうか?
二度と会えない家族の写真をどんな思いで毎日眺めていたんでしょうか?
人を遠ざけ、自分のことを決して語らなかった課長の姿を思い出し、涙が止まりませんでした。
- 33 :大人の名無しさん :04/09/22 16:34:28 ID:8azfCwUo
- 今から20年以上前、母方の祖母がまだら呆けを見せ始めた頃、
祖母に遊びに来て貰っていた。一人で置いとくのが怖くなり始めた頃。
55歳を過ぎたおふくろが炬燵にあたり、老眼鏡越しに新聞を読みふける。
汚い話だがおふくろは新聞を読みながら鼻くそを穿るのが癖だった。
小学校の教師だったおふくろは子供達に止めさせる立場だったんだろうが。
その様子をじっと眺めていたおばあちゃんが
「ともちゃん、あんた、疲れてるから早く休みなさい。
疲れてるときは、ぼーっと鼻くそ穿るのが癖なんだから。」
びっくりしたおふくろが赤くなって下を向いた。
80歳に近くなっても、55歳を過ぎてもやっぱり親娘なんだなと思った。
おばあちゃんが死んでからだいぶ経つけど、まだ思い出してじーんとする。
将来呆け始めたおふくろも、かみさん相手にオレの子供の頃から続く癖を伝授するんだろう。
- 86 :大人の名無しさん :04/10/09 23:39:39 ID:2T/olz82
- 16歳の頃、ある朝バイトへ行こうとすると母さんに呼び止められた。
バイクのローンの支払いの事で喧嘩になって気まずいまま出掛けた。
ずっと気になっていてバイト先から電話して一応謝った。
それでもなんだか引っかかる物が残っていたので休憩時間に家に帰ろうと思っていた。
ところが悪友のお母さんから電話があり、「うちの子が帰ってこないので心当たりはないか」とのこと。
休憩時間は3時間あったので心当たりを探してやっと見つけて家に連絡するように言った。
休憩時間はまだ2時間あった。
バイクで飛ばせば何とか帰れる距離だった。
何となく気になりながらも中途半端な時間なので近くの海で時間をつぶしてバイト先に帰った。
制服に着替えていると店長が血相を変えて怒鳴っている。
「直ぐ帰れ!!お母さんが交通事故にあったぞ!!」
いつも冗談ばかり言って人をからかってばかりの人だったので最初は信じなかったが、あまりの剣幕に取り敢えずバイクを言われた病院にかっ飛ばした。
ベットの上では眠ったような母さんが横たわっていた。
この病院ではこれ以上処置が出来ないので大学病院へ搬送する事になった。
お母さんは、搬送途中亡くなった。
- 87 :86 :04/10/09 23:49:35 ID:2T/olz82
- その日、無性に休憩時間に帰りたいと思ったのは虫の知らせという物だろうか。
友達を探しに行かないで帰っていればお母さんは事故に遭っていなかったのだろうか?
お母さんは丁度今頃の金木犀の香る頃に逝ってしまいました。
お母さん自身金木犀が大好きな人でした。
お母さんを亡くして以来この時期になると懐かしさと切なさで胸が切なくなります。
それと同時にどこからか見てくれているような気がして金木犀に話しかけたりしてしまいます。
今年、念願の一戸建てを買いました。
庭なんてない小さな家ですが、玄関先の小さなスペースに金木犀を植えました。
今年植えたばかりなのと日当たりの悪いせいか花は咲いてくれませんでした。
でも、子供達には「この木はママのお母さんの木なんだよ」と話しかけています。
いつかきっと花を咲かせてあの香りを運んでくれると信じています。
- 78 :大人の名無しさん :04/10/07 18:45:43 ID:dHJwh4va
- うちの旦那、いつでも「なんだかなあ」って言って笑う、それはもう変な人だった。
通算、約1万回。まあ、一緒にいる時だけを数えたんだけど。
それくらいは言ってたね。
私は突っ走る性格だから、「なんだかなあ」って言われるとむかついて、文句を
いつも言う。それで、いつの間にか冷静になってる。夫婦ってよりコンビだったね。
だから、信頼してた。いつだって「大丈夫」って印が、その言葉だよねっていう
感じ。
仕事場で倒れた時も、私が駆けつけたら「なんだかなあ」だった。だから、私は
大丈夫だと思った。
余命半年で、一か八かの手術を受ければ助かるかも、って言われた時も、
「なんだかなあ」
これは、さすがに掴みかかりそうになって、看護士さんに取り押さえられるわ主
治医に注意されるわ、騒動になった。
でも、成功。起きたときは、珍しくありがとうなんて言って、後でなんだかなあを
付け加えるありさま。
成功したのに旦那の身体、弱っていった。なんだかなあって、また言っていた。
主治医の雰囲気から見たって、もうダメ。それでも言う。
だから、私は落ち着いていた。
最後に話した日の会話、今でも殆ど全部覚えてる。
旦那はなんだかなあって言わなかった。「ちくしょう」って言ってた。
無理してたのかな。判ってて、最後に一回だけ弱音吐いたのかな。
- 79 :大人の名無しさん :04/10/07 18:50:26 ID:H2wSfXW6
- 今は旦那の遺してくれた一粒ダネを育てている。
これがまた私に似てて、突っ走っては失敗やらかすおバカ。
だから私、最近「なんだかなあ」って笑うのが癖になりつつある。
旦那の両親に、息子に雰囲気が似てきたって言われちゃったよ。なんだかなあ。
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