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No.398 台湾で出会った、忘れられない人 より

69 名前:美麗島の名無桑 投稿日:01/10/29 23:11 ID:hJArVcab
海に癒される経験をしたのは、台湾が最初だった。

僕が観光客気分を棄てて台湾を訪れることができるようになった頃、
将来を誓い合った女性に大きな失恋をした。婚約指輪を交わした後のことだった。
ふたりで訪れるはずだった台湾の海に、僕は独りでたたずんでいた。
懐に忍ばせた婚約指輪を投げ捨てるつもりだった。

朝陽と共に海辺にたたずみ、寄せる波の数をただ数えているだけだった。
指輪の重さより、自分のいのちの重さの方が軽いとさえ感じられる一日だった。

声が聞こえた。僕は振り向いた。煙草をくわえ、陽にやけたおじさんが
僕に話し掛けていた。「どうしたんだ? ずっとこんなところで海ばかり見ていて」。

どんな話をしたのかは詳しく覚えていない。僕はおじさんの訥々とした口調に
耳を傾けていた。話のつれづれに、いつしか僕は、自分がここにいる理由を話していたようだった。

「女か。若いうちは女でしくじるもんだ・・・でもな、あと1年待ってごらん。そしたら
夢に思うような女が出てくるさ」。陳腐ななぐさめ文句かもしれない。しかし僕はうなずいた。
おじさんが考え込む僕を残してすぐに立ち去ってくれたのが、何よりもうれしかった。

おじさんがどんな人なのかは知らない。僕は台湾の海よりも、海に住む人に癒されたのかもしれない。
指輪は投げ捨てられることなく、波間に漂い、ひっそりと沈んでいった、と思う。

153 名前:美麗島の名無桑 投稿日:01/12/13 20:37
福岡から台北行きの飛行機の中で、たまたま座席が隣り合わせになった
おじいちゃん。山口在住で少年時代を台湾で過ごしたという。

すごくおしゃべりで、飛行機が到着するまで私は耳を休めることが
できなかった。今回、50数年ぶりに台湾を訪れ、昔の友に再会するのだという。
空港到着後、入国審査のところで、おじいちゃん達とは別れた。

2日目のこと。
台南の古跡、赤嵌を訪れた。ふと見ると向こうから、あのおじいちゃん達が
歩いてくるではないか。なんとなく躊躇しながら「おじいちゃん」と声をかけようと
した時、視線の脇より別の老人が飛び込んできた。

次の瞬間、2人は2言、3言、言葉を交わしたのち抱擁した。そして頬に涙。
そうです。私は見てしまったのです。歴史的瞬間を.....

しばらくして、私はそっと立ち去ろうとした時、おじいちゃんの方も私に気づき、
声をかけてくれた。そして台湾人の老人の方にも紹介してくれた。
台湾人の老人は、しつこく、一緒に食事をしていくよう勧めてくれた。
近所のレストランで、食事をご馳走になった後、私は別れた。

何よりも感動した台湾旅行だった。

345 名前:美麗島の名無桑 投稿日:02/03/21 22:23
親友の死の知らせを聞いたのは台湾出張7日目のことだった。
幼い頃から兄弟のように育ち、よく喧嘩もしたし唯一心の許せるヤツだった。

もう、会うことも出来ないと思うと、夜も眠れず、食欲もない。
思い出だけが脳裏からはなれず、ただ、ただ、悲しい。

2日後、ようやく出張作業が終わったものの、何もする気にはなれなかった。
気持ちの整理がつかず、日本へ帰る気持ちにもなれない。

滞在先の安いホテルのフロントに宿泊の延長を申込み、部屋でぼんやりしていた。
何も考えたくない。ベッドで一人、ただ時間が悲しみを取り去ってくれることを願った。

夕刻、フロントの小姐から部屋に電話がかかってきた。
「食事、一緒に食べませんか?1階で待ってますから・・・」
考えてみたら昨夜から何も食べていないことに気がついた。

言われるままに、1階へ降り、従業員用の食堂へ案内された。
2人の小姐と1人のおじさん(後日、このホテルのラオパンだと知った)と食事を摂った。
「明日も一緒に食べましょう・・・」と誘われ、部屋へ帰った。

次の日の夜、また部屋に電話がかかり、誘われるままに1階へ降りた。
テーブルの上にケーキがあった。
「ハッピーバースディ・・・」 
昨夜のメンバーと、このホテルの常連客のシンガポール人だった。

涙が出てきた。とめたくても止まらない。
うれしいのか、悲しいのか、分からない。一生分の涙が流れたと思う。
この夜、深夜まで皆が元気付けてくれた。
少しではあったが心の整理がつき、立ち直れそうな気がした。

翌日、ホテルをチェックアウト。日本に帰った。
ホテルの明細書を見てビックリ・・・宿泊の延長分や食事代は一切含まれていなかった。
早々、ホテルへ電話をかけ、このことを告げると
「ラオパンの指示ですから・・・、それよりも早く元気になってくださいね・・・、
それから、台湾へ来たら、いつもうちのホテルを使ってください・・・」

408 名前:406 投稿日:02/07/11 21:33
台湾に行った俺のダチが、なんとかという武術の先生のところに転がり込んで
必死になって頼み込んで弟子(通いの)にしてもらったんだが、ある日無理が
たたってバイトの帰りに夜の町中でぶっ倒れちまった。
そしたら、そいつがぶっ倒れていた場所の店の人が見つけて医者を呼び、一生
懸命看病(一週間くらい)してくれたと、
ダチが感激して後日少ない貯金から礼を出そうとしたら、店の主人が

「必要なし、その代わり聞きなさい「もしあなたが同じように困った人を見
つけて、そして助けることが出来る立場なら、どんな人でも助けてあげて、
それが何より」」
そいつが感激してもう一度礼を言おうとしたら今度はこう言われた

「さっきのはあなたの国の人が戦後まもない時期に私の祖父に言った
言葉だよ、」
聞けばその家の亡くなった祖父はそいつと同じで戦後武術を習いに中国から渡
ってきたクチで、やはり町中でぶっ倒れたことがあるんだと、そうしたら日本
人の夫婦が見つけて看病してくれたらしい。

ダチはその店の方向に足を向けて寝られないそうだ。



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