PickUp #405  2005.07.25   <- Prev  Home   Next ->


No.405 ◇ 心霊ちょっといい話 ver.7 ◇ より

74 :本当にあった怖い名無し :04/12/18 14:04:01 ID:ztQEnk0o
漏れが小4の時に親父が死んだ。親父は高校野球の公式審判員だった。

親父が死んだ年の高校野球甲子園予選の初日、親父のクローゼットの
扉が独りでにスーッと開いた。そして中から何かがドサッと落ちた。
よく見たら審判用の服にマスク、プロテクターなど。それからその扉は
独りでにスーッと閉まった。

責任感の強い親父だったから審判員としての責務を全うしたかったん
だろうなと思ったら涙が出てきたよ。
漏れは現在高校の教員をしている。毎年甲子園予選の時期になるとその
ことを思い出す。今年は公式審判員の試験でも受けてみようかな?

783 :本当にあった怖い名無し :2005/06/16(木) 23:23:20 ID:NI3JHxPPO
現役高校生放送部員な私。
しかも部員が私の他に数人しかいなく、大会前は皆大忙しで殺気立ってる。私が担当しているのはテレビドラマ、ラジオドラマ、朗読。
そして大会を控えた今シーズン、始発で登校終電で下校、家では脚本を書き小道具を作り、うたたねしてすぐ学校…の繰り返しの毎日。
自暴自棄になって、このまま過労死しちゃえばいいのに、と本気で思った夜のこと。
私の部屋のドアがゆっくり開いた。
あれ、皆もう寝てるはずなのにと振り替えるとそこには単身赴任中で最近顔を合わせてすらいない父が。
「あれ、お父さん帰ってたの」
「相変わらず汚い部屋だなぁ」
「仕方ないじゃん、最近忙しいんだよ」
いつものやりとり。その後父は私の頭をクシャリと撫で、
「ちゃんと片付けろよ、大会終わってからでいいから。頑張れるだけ頑張ってこい」
幼い頃に感じた大きな手の温もりが優しかった。
そのまま私は眠ってしまったようで、気がつけば早朝だった。
家を出る前に母に聞いてみた。「お父さんいつから帰ってたの?」しかし母はくびをかしげる。
帰ってきてなどいないと。結局私が寝呆けたのであろうという結論になったのだが、あの手の感触はリアルだった。

明日は大会。頑張ってきます。
こんど父が帰ってきたら、この話をしてみようと思います。

お父さん、いつも冷たい態度ばっかとってる娘だけど、
ホントは世界で一番お父さんが大好きだよ。

122 :本当にあった怖い名無し :05/01/23 16:39:09 ID:SehcZucX0
高校生の時、ケンカ別れした男友達がいた。
友達を介して誤解は解けたのだけど、お互い気まずくて卒業まで話はしなかった。
その後同窓会に出席してもどちらかが欠席していて会えず終いだった。

去年末その友達にあった。
なんかあの当時と全く変わってない彼。
向うから声をかけて来て、
「ずっと謝ろうと思ってたんだ。ホントにあの時はゴメン。」
そう言って仲直りの握手して別れたんだ。

お正月の同窓会の時、その彼が亡くなった事を聞いた。
11月に事故に遭い、ずっと意識不明で彼と仲直りしたその日に亡くなったそうだ。

48 :本当にあった怖い名無し :04/12/11 16:13:22 ID:t2KXrbVA
妹の話。
俺が小学3年、妹が1年の夏に妹は亡くなった。
妹が入学してから俺はおにいちゃんぶって、
毎日先導しながら学校に行っていた。
純粋に妹がかわいかった。

その妹の突然の死を受け入れられなかったんだろう。
葬式でも泣きもしなかった。
ただポッカリと穴が開いたような感覚だけがあった。

しばらくたったある日、
居間でうとうと夢を見た。
「ただいまー」と妹が玄関から入ってくる夢。
目が覚めてからすぐ、何となしに玄関に行ってみた。
風のせいだと思うが、玄関がすっと開いた。
その瞬間
「おかえり」と言っていた。
それまで出なかった涙があふれてきた。
なぜかわからないけれど、その瞬間に妹の死を実感した。
にいちゃん、もっとお前と遊びたかったよ。

847 :本当にあった怖い名無し :2005/06/28(火) 16:06:22 ID:lI7orSSp0
二年前の春、夫が交通事故でまだ幼稚園の娘と私を残して逝っちゃいました。
あまりに突然のことで、その頃のことはあまり覚えていません。
夫を失ったショックとこれからの生活への不安で精神的にまいってしまい、
家族の助けをかりて何とかやっていける日々が続きました。
まだ小さい娘にもあまり気が回らなくなり、自己嫌悪の毎日。
でも娘は寂しそうな素振りも見せず、きっとまだ小さいから父親が死んでし
まった事を理解できてないんだと思いました。

そんな生活が半年ほど続いた頃でしょうか、娘がよく右手を見つめながら、
「お手手がじんじん。お手手がじんじん。」って言うようになりました。
「お手手痛いのっ?」って聞くと「お手手痛かったのー」って。
あんまり頻繁に言うものだから心配になって病院に連れて行ったのですが、
特に異常も無く、精神的なものかもしれないと不安になりました。

そんな時ふと夫の事を思い出しました。
いつも娘の右手を握って、道路側を歩いていた夫。
体育会系で元々握力が強い夫でしたが、娘が心配だったようでいつもしっか
り手を握って娘に「お手手痛いよー」って嫌がられて、困った顔して笑っていました。

その日は娘にこう聞きました。
「お手手繋いでたの?」「うん、パパ痛いんだよぉ」って。
涙が溢れてきて、娘を抱きしめてわんわん泣いてしまいました。
夫が亡くなり、娘が寂しがらなかった理由がわかりました。
不甲斐ない私の代わりに、いつも娘の右手を握ってくれていたんだと思います。
もう夫に心配かけさせちゃダメだって、娘を一人ぼっちにさせちゃダメだって
立ち直るきっかけを与えてもらいました。
今では夫の代わりに私がしっかりと、強く、じんじんとまでは行きませんがw
娘の手をぎゅっと握っています。

254 :本当にあった怖い名無し :05/03/06 17:06:39 ID:cLi7MPvc0
おかんが癌で亡くなって6年になる。
癌を見つけたときにはもう余命一年の宣告。親父と相談の上、おかんには告知しなかった。
一年、騙し続けた。

私はその時二番目の子供を妊娠中。大きい腹でおかんの病室に通った。
ある日おかんが私の腹をなでて、まだ見ぬ孫の名をつけて呼んだ。
おかんの死後、丁度一ヶ月の日に娘は生まれた。
母が呼んでくれた名前を娘につけた。
すごく愛しそうに呼んでくれた名前だから、迷わなかった。

母は夢に出てくることも姿を見せることもなかった。妹のところにも。
私は、母を騙し続けたことに、とても罪悪感を感じていた。
例えモルヒネが処方されて「お姉ちゃん(母は私をこう呼んでた)、この薬は何?」と
聞かれても、ただの鎮痛剤じゃね?とかいって誤魔化してた。
一日ずつ命が減っていく母に、それを悟られまいと必死で嘘ついてた。

母は私を恨んでる。
何の心の準備も出来ず、亡くなったのは私のせいだ。
親父は母の闘病中から娘より若い愛人を作って母のことは全部私に任せていたので、余計責任を感じてた。
私の所に出てこなくても当たり前だよな、そう思ってた。


先週、娘とお風呂に入っていると、娘がこう言った。
「ママ、私の名前はママのおばあちゃんがつけたんだよね」
ああ、話したことあったかな、と思って、そうだよ、と答えた。

「私、この名前大好きって言ったら、おばあちゃんが嬉しいって言ってたよ」
驚いた。
いつおばあちゃんに会ったの?と、聞くと、
「いっつもいるよ。ミルちゃん、って白いネコさんとお庭とかに」
ミルちゃんは、母の死後すぐに死んだ、母の可愛がってた飼い猫。
写真も家には残ってないし、娘が知る筈もない。

思わず娘に聞いてしまった。
おばあちゃん、ママのこと怒ってるでしょ。って。
娘は「明日聞いてあげるね」って答えた。

娘には見えるけど、私に見えないのが何よりの証拠。
娘のとこには出て、私のとこには夢にすら出ない。嬉しいけど、悲しかった。


でもその夜、夢を見た。おかんだった。
実家の両親の部屋で、生前座ってた椅子に座ってた。
膝にはミルちゃん。夢の中で、私は母に謝った。
ごめん。騙しててごめん。号泣した。

「……ごめんねぇ、お姉ちゃんつらかったよねぇ」

「お母さん怒ったりしてないよ?毎日病室で色々笑わせてくれて、楽しかったよ」

母が手を握ってくれた。
暖かかった。
一層泣けてきて、自分の泣き声で目が覚めた。
起きても母の手の感触が、体温が手に残ってた。

朝起きてきた娘が言った。
「おばあちゃん、ママとお話したんでしょ? おばあちゃんが言ってたよ。良かったねママ」

今も娘は母が見えるらしいけど、私には見えないまま。
でもそれでもいい。
母が傍にいることが分かったから。
もうすぐ母の命日が来る。
お墓と仏壇掃除して、母が大好きだった作家の新刊でも供えてやろうと思う。



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