No.427 嗚咽 その8 より
- 341 :大人の名無しさん :2005/08/12(金) 23:08:04 ID:I0USRNkc
- 無理に思い出さなくていい。
無理に忘れなくていい。
辛い事が起きてもそれを乗り越えられる事ができる試練だと思いたい。
その辛さが自分を成長させる糧だと思いたい。
- 32 :大人の名無しさん :2005/04/12(火) 04:42:10 ID:DI4KASlD
- 今日、母が祖父母を家に連れて来た。
庭の満開の桜を見せに連れてきたのだった。
祖母は病気で入退院を繰り返していて、祖父も今年倒れ救急車で運ばれていた。
去年、俺が結婚した時は、今よりは元気で結婚式にも来てくれた。
祖母は体が弱っているにもかかわらず「絶対出たい」と言って母を困らせていたらしい。
何かうれしくて「幸せにならなきゃ」と思っていた。
だけど嫁さんとは3カ月で別れてしまった。超最低女で罵詈雑言投げつけられての離婚だった。
母は、祖父母に会うときは「あの2人は仲良くやっているよ」と言って心配させないようにしてくれていた。
今日祖父母が来たと聞いた時は、正直会いたくないと思った。妹が来て「今来てるからあいさつしてあげて」と言った。
表に出てみると、祖父母は母の車に乗ったまま、桜を見ていた。体が弱っていて降りてこられないようだった。
俺の顔を見ると、顔をくしゃくしゃにして手を振った。
「祖父母は、今でも母の言葉を信じているのだろうか」と思うと辛くてその場から逃げ出したかった。
母はすぐに車を発進させ、そのまま出て行った。
夕食の時、母は「おじいちゃんとおばあちゃんな、もう桜見納めやなあってゆうとったわ」とぽつりと言った。
母は今日一日、何か元気がないようだった。
- 199 :大人の名無しさん :2005/07/04(月) 22:29:30 ID:ZQxA04OU
- 小学校の頃からの親友からさっきメール&電話があった。
最初は楽しく話してたんだが、私が「お子さん元気?いつか会いたいよ」と
何気なく口にした途端、彼女の声が低くなってしまった。
少し前、彼女の子供に心臓疾患が見つかったらしい。それも難病で症例も全国にほんのわずか。
病気のことを私に打ち明けたのは、子供に会った人が風邪やウィルスを持っていた場合、
移ると大変なことになるからだそうだ。
「あまり持たないんだって。でも実感ないんだ」と不思議と彼女は明るく話した。
実際、電話口の向こうでは一歳過ぎのお子さんの元気良い声。
「家を買う気もなくなっちゃったよ。病院も近いし、この子のために今後もここにいる」と言った彼女に
「医学は進歩してるから、あきらめちゃ駄目だから」としか言えなかった自分が情けない。
母子家庭でずっと苦労して、自分も身体が弱くて結婚10年以上経ってからようやく子供に恵まれた彼女。
これから親子で幸せになるんじゃなかったのか。神様なんていないのか。
- 321 :大人の名無しさん :2005/08/08(月) 21:23:06 ID:DY1tw7Mr
- 年下の彼氏がいた。
私が30で彼が22。
大学生だった彼は社会人の私に頭が上がらなかったみたいで
付き合いはじめて3年たってたけど将来の話しなんてひとつもしなかった。
そんな彼も卒業の年を迎え社会人1年生になった。
そしたらいきなり
「結婚してほしい。今すぐじゃなくていい。出世してそこそこの生活が出来るくらい給料がもらえるようになったら。」
と大真面目な顔で言われた。
入社したばっかなのに、とからかったけど、本当にうれしかった。
8ヶ月後、彼は交通事故で亡くなった。
夜中、県外の取引先から自宅に帰る途中の事故だった。
彼の両親はかなり遠くに住んでいたので私が代わりに彼の会社に荷物を取りに行った。
とりあえず自分の部屋に運び整理していると
パソコンと膨大な量の書類の中から黒い小さな箱が入っていた。
ダイヤの指輪だった。
はめてみるとぴったり。
入社したばっかで私のこと養うなんて、まだまだ時間が必要だったくせに気が早いんだよ、ばーか、と
泣いた。
あれから4年。
私は34になり、傷が癒えたと思ってる両親に結婚を勧められている。
でも、絶対しない。なんでって?
・・私はアンタと結婚してるつもりだから。
最後に。
ずっと言い忘れてたけど指輪ありがとう。大切にしてる
- 605 :大人の名無しさん :2005/10/04(火) 02:02:31 ID:UReCyXhJ
- 頑固で、古くて、厳しい父。
そんな父を疎ましく思い、避けて過ごした長い長い日々。
父の余命を宣告されてから、一緒に過ごした半年。
父の隣にいるだけで、なんて心が落ち着くんだろう。
父の隣にいるだけで、やさしい気持ちに包まれている気がした。
痛みや苦しみを一言も言わず、父は昏睡に陥る前、その姿を写真に残させた。
父からの最後の教訓。
ふと、今言わなければいけないと思い、昏睡状態の父に
「産んでくれて、育ててくれてありがとう」と言った。
直後、父は静かに目を閉じ旅立った。
父が亡くなってからわかった。
こんなにもお父さん子だった事を。
厳しかったのは、子供達を愛してくれてたからなんだね。
父を理解し過ごした日々が、あまりにも短く悔いる。
- 157 :1/2 :2005/06/27(月) 06:43:39 ID:RlqfLxUW
- もうずいぶん昔だけど俺が大学生の頃、母が突然入院した。
癌らしくて、余命宣告も受けたって母の口から直接聞いた。
あまりにもあっさり言うもんだから、最初は冗談かと。
芯の強い人で、だれからも好かれる自慢の母だった。
大学卒業して、就職して、それで給料もらえるようになったら母にやっと恩返しが少しずつできるようになるって、勉強も俺なりにがんばってた。
愛情を注いでくれた母にお礼がしたかった。
でも、俺が卒業する前にきっと母は死んでしまう。
いっぱい恩があるのに、何一つ返せない、きっとこのまま母が死んでしまったら俺は一生後悔する、ごめんって母の前で一度だけ大泣きした。
その時もあっけらかんとして俺にこう言った。
- 158 :2/2 :2005/06/27(月) 06:44:31 ID:RlqfLxUW
- 「あんた、どれだけお金持ちになるつもりか知らないけど、産んで育てて
もらった恩をお母さんが生きてる間に返せるわけないでしょ。
お母さんもあんたのおばあちゃんとおじいちゃんが生きてる間に恩返し
できたなんて思ってない。
あんたが健康に育ってくれた、それで半分恩返ししてもらった。
あとの半分は、いつかあんたに子供ができた時、その子に返してあげなさい。
お母さんは今やっとおばあちゃんとおじいちゃんに恩返しできたよ。」
そう母が言ってくれたとき、救われた気がした。
もう長くない母に、何かしてやりたいのに何もできないって毎日モヤモヤしてたから。
結局大学を卒業する前に母は死んでしまった。
今やっと一人前になって、結婚して、嫁が妊娠中です。
今年の冬には残りの半分、少しずつだけど返していけるようになる。
絶対に世界で一番幸せな子供にしてやろうって思う。
それは俺が母に愛されていたことの証で、
我が家に代々伝わってきた愛情のリレーなんだと思う。
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