PickUp #476  2006.09.25   <- Prev  Home   Next ->


No.476 一人暮らしを始めて家族の大切さを感じた 其1 より

176 :774号室の住人さん :2005/09/25(日) 22:45:47 ID:ndmFJGEw
この連休中に、2年ぶりにお母さんに会いに行った。

母の手料理は、おいしかったなあ・・
あっという間の三日間だったけど楽しかったよ。
母の手料理、母の笑顔、久しぶりに見れて良かった。

後姿のお母さん。だいぶ白髪が目立ってきて歳をとったなあ・・と痛感させられたよ・・

いよいよ帰りの電車に乗る前、母が「辛かったらいつでも電話してね。」と言ってくれた・・
帰りの電車の中では、涙ボロボロでしたよ・・
普段は会社でも独りで、辛いこと、嫌なこと、叱られっぱなしで、凹みっ放しな毎日だったけど、

私は、独りじゃない。母が、影で支えてくれているんだと・・
お母さん。ありがとう。お金をためて、いつか一緒に暮らせる日が来るまで頑張るよ。

258 :774号室の住人さん :2005/11/24(木) 03:19:25 ID:xocnK6Bt
この前親父が会いに来てくれた。
飯食っただけで会話もあまりなかった。
でも、別れ際に「俺はいいからお母さんにはたまに電話してやれ。」って
言われた時泣きそうになったな・・。
恥ずかしいからそのまま改札入ったけど、やっぱり振り向いてしまった。
そしたら親父が手を振って見送ってくれてた。
そこで号泣しちゃったよ。
親父の息子でよかったよ(ノД`)

529 :774号室の住人さん :2006/02/23(木) 00:07:37 ID:BlHsKfTi
一人暮らしをして3年目。久しぶりに実家に帰った。
父親は単身赴任、母親は病気がちだったが一人で暮らしてた。
久しぶりに母親と数日過ごし帰ることに。帰り際母親の顔からは涙がなぜかあふれてた。
また遊びに戻ることを決意し別れた。しかし一人暮らし先に戻った翌日病院から一本の電話が。
「○○さん(名字)が息をひきとられました」
との電話。母親は自分が翌日この世からいなくなるのを知っててあの涙を流したのか・・・。
号泣した。生きてきて一番泣いた。
でも母親がなくなる直前に親孝行をできてよかったと思う。
それまでは25にもなって反抗してきた俺だから。
言い方が悪いかもしれないが最後に孝行ができて本当に良かった。。
最後の笑顔を見れて本当に良かった。
親は尊いかけがえもない存在。それを深く知ったあの日。
お母さん、今まで本当に、ありがとう。。

292 :774号室の住人さん :2005/12/09(金) 00:19:27 ID:JLROVQF7
小さいときに母親を亡くした年の離れた妹たち。
私が代わりに世話をしてたから甘やかしてしまって
何にもできない子にしてしまったと思ってた。

でもこの前実家に帰ったらご飯を用意してくれてて
それが私のと同じ味だった。
今の部屋に帰るとき「これ飛行機の中で食べて」と
手作りのお弁当を渡してくれた。

飛行機の中で包みを解くと小さい手紙が入ってた。
「仕事がんばってください。ちょっと痩せたみたいだから
ご飯をしっかり食べて体に気をつけてください」とあった。
ちゃんとした子に育っててうれしかった。

438 :774号室の住人さん :2006/01/11(水) 01:26:56 ID:31dH3p0e
今まで当たり前だと思ってきた家族の優しさ。
実はちっとも当たり前なんかじゃなかったことにようやく気付いた。

お父さん、最初は反対してたけど、お金のかかる東京の私立の大学に行くことを許してくれてありがとう。
休日も返上で一生懸命働いてくれてありがとう。
お母さん、帰省したとき、いっぱいおいしいご飯食べさせてくれてありがとう。
お母さんが自分のために高いものなんか買ってるの見たことないのに、
「なんか欲しいものある?足りないものはない?」って私のことばっかり気にして…。

いざ会うとなんか恥ずかしくて素直に言えないけど、本当に感謝してます。
ありがとう。

440 :774号室の住人さん :2006/01/11(水) 15:23:07 ID:KJa/n5iT
成人式で3年ぶりくらいに親に会った
合わせる顔が無かったから 3年も会わなかった
国立大落ちて 他県の私立大学に通ってる
母子家庭で金無いのにさ・・・・。
でも、成人式のスーツ姿を見せる事は 学生の内の
最高の親孝行と思って実家に帰った。
久しぶりに逢った母ちゃんは 想像以上に老けていた
白髪交じりの髪の毛に シワも目立つ

玄関で泣き崩れた

472 :774号室の住人さん :2006/01/17(火) 06:07:17 ID:WxPw+aam
母子家庭で育って、30目前にして初めての一人暮らし。
オレはどうにかこうにか生活している。
日本じゃないので言葉の問題もいろいろあるけど、どうにか暮らしている。

今の時代、メールがあるから日本の友達やカーチャンとも連絡がとれる。
だから全然さびしくない。
別にホームシックになんかなっていない。
なるわけがない。
自分で望んだ異国での生活だし。
仕事は実際楽しいし、生活も楽しい。
そう思っていた。

ある日カーチャンから段ボールが届いた。
久しぶりに見るカーチャンの字。見慣れた達筆。
ああ、この字って小学校の頃自分の身の回りのものに書いてあったなあ。
なくすといけないからって、何にでも名前書いてくれてたなあ。
なんだかひさしぶりだなあ。
一人きりの部屋でちょっとだけしんみりした。

段ボールの底に手紙も入っていた。
小さなカード。

「元気にしていますか。
 寒いと思うのでトレーナーを送ります。
 何か必要なものがあればいつでも教えてね。
 また会える日を楽しみにしています」

泣いた。号泣した。
短い文章だけれども、カーチャンの愛情がぎっしり詰まっているのがわかる。
正直言ってこの年まで気がついていなかったのかもしれない。

遅すぎるという奴は笑ってくれ。
気が済むまで笑ってくれ。
指差して笑ってくれ。
「親孝行のできない奴は所詮何にもできない」ってのはきっと真実だ。
オレはオレの母親がカーチャンであったことを誇りに思う。

直接言うのは、それでもやっぱり照れくさいからここで言わせてほしい。

カーチャン、今までありがとう。本当にありがとう。
心配ばかりかけてしまって、ごめんなさい。
こっちでの仕事が終わったら、オレの愛車でいろんなところに連れて行ってあげるから。
どうか元気でいてください。
時間があったら、こっちに遊びに来てください。
おいしい食べ物をたくさんご馳走するからさ。

56 :774号室の住人さん :2005/08/21(日) 22:28:49 ID:6iXium/h
反抗期で生意気だった。
親が産んでくれたから、今ここにいるんだよね。
そんなことも気付けなかったなぁ。

親には悪態ばっかついて、いっちょまえのことばかり言って
一人で大きくなったみたいなこと、平気で。

お父さん、お母さん、ありがとう。




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