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No.537 嗚咽 その6 より

122 :大人の名無しさん :04/06/17 09:22 ID:e05t8O+t
お節介な友人の話。
もうガキじゃないんだから、事あるごとに一々電話してこないでいいです。
ちゃんとメシ食ってるか? あぁ、昔と違ってちゃんと自炊してるから心配しないでいいです。
だらけてないか? うっとおしい誰かのおかげで直りましたよ。
仕事上手く言ってるか? 泣きそうになりながら何とかやってます。 
嫁を迎えた? うっせぇばかやろう、あたしゃどーせまだですよおめでとう。
友人代表でスピーチしてくれ? あんた、自分に散々迷惑をかけた俺にそれを頼みますか? さてはお前友達少ないだろう。
スピーチしたら何を泣いてますか? おかげでこっちも泣いちゃったじゃないですか。

なぁ友人、お前がいなきゃ多分俺は冗談抜きでアル中か体がボロボロになっていた。
血は繋がってないが、家族以外で唯一俺に嘘をつかないと信じられるお前は、どっかで何かと繋がっているんだろう。
恩返しする前にくたばるんじゃねえぞコノヤロウ。

262 :k :04/06/28 16:51 ID:fRn4gpA4
去年の10月に母親が血を吐いて倒れた。
十二指腸に穴が空いたそうだ。
手術後極度の貧血状態になり意識がなくなった。
医者からは覚悟したほうがいいと言われた。
俺は耐えられなくなり見守る兄弟を残して家に帰ってしまった。
病院にいるだけで涙が止まらなくなる。
俺がいたっていなくたって死ぬ時は死ぬんだと思った。

幸い母は意識を取り戻し3週間の入院で退院できることになった。
しばらくして見舞いに行くと俺は母にこう言って笑った。
「あんたも悪運がつよいなあ。死ぬかと思ったよ」
母は
「お母さんも死ぬかとおもったよ。
 先生やみんなが呼び掛ける声はきこえるんだけど、
 ふあーっと頭の中が真っ白になってね。もうどうでもよくなるんよ。
 痛くもなんともなくて気持ちがすごく楽になって、
 死ぬってことも分からないくらいよ」

そのあと俺に
「ごめんね、あれから何ヶ月もたってないのに
 病院来たくなかったでしょ。もうお見舞いもこなくていいよ。」
と言った。

「そんな事ないよ、又くるよ」と言うと
「お母さん思うけど○○ちゃん(俺の嫁さん)は
 いっぱい頑張ったけどね、
 うまく言えないけど最後の亡くなる時は、
 痛くなかったよ。全然痛くなかったはずよ。」
と言って泣きだした。
その日の夜俺は声を出して子供みたいに泣いた。

908 :大人の名無しさん :04/09/07 20:20 ID:u7UDhJp9
兄貴よ。
子どもの頃からあんたは優しかった。
俺がいじめられるとすぐに飛んで来て助けてくれたよな。
俺はあんたみたいになりたくて空手を始めたんだ。
今ではあんたより強くなったつもりだし、あんたも組手をする度笑いながら『◯◯には勝てないよ』って言ってくれたよな。

じゃあ、なんであの雨の日。
突っ込んできたスクーターから俺を庇った?
俺の方が強いんだろ?
料理人になって親父の店を継ぐんだろ?
それが夢なんだろ?
なんでいつも笑ってんだよ?
どうやって包丁持つんだ?
肘から下が無くなった、その右手で。

271 :大人の名無しさん :04/06/29 13:24 ID:Hw40v12a
恋愛関係のことでボロボロになっていた時期があった。
もう私なんかどうでもいい、どうにでもなれ、と自暴自棄になって
余計に荒れた生活をしていた。これで死ぬならそれでいいや、って。

そんなある日、友人の車で遊びに出かけた帰りのルートで
祖父母の家の近くを通ることに気付いた。
もう1年半ほど祖父母には会っていない。
距離的には100kmも離れていないのに、田舎に遊びに行くような気持ちの余裕もなかった。

ふと祖父母に会って行こうかな、と思った。本当に軽い思い付き。
友人に少し回り道をしてもらい、ちょっと待っててね、と家に入った。
祖父母はびっくりして、でも満面の笑顔で迎えてくれた。
「よう来てくれたなぁ」「よう来た、よう来た」
そして、「時間あるんか、ちょっと待っときや」と帰りを急ぐ私に
きゅうりやトマトや白菜を持ちきれないくらいたくさんたくさん包んでくれた。
「また来てなぁ、待っとるでな」

帰りの車の中で友人とトマトをかじった。
私、一体何してるんだろう…。
涙が溢れてきてたまらなかった。

おばあちゃん、おじいちゃん、ありがとう。
今度の休み、会いに行くね。元気で待っててください。

596 :1/3 :04/07/29 04:21 ID:eCoBJSET
一年前の今頃、妹が突然電話をかけてきた。家を出てからあまり交流がなかったので少し驚いた。
「病院に行って検査をしたら、家族を呼べって言われたから来て。両親には内緒で」
嫌な話だということは簡単に想像できた。
妹は胃癌だった。初期の段階だが、すぐ手術をしなければいけないということだった。
「お父さんとお母さんに言ったら、びっくりすると思うからお兄ちゃんを呼んだ。迷惑かけてゴメン」
親父は二ヶ月前に胃潰瘍を患っている。
お袋は神経が細かいので、こういった話には耐えられないだろう。
だから妹は俺を呼んだのだと言う。

妹は少し優秀なプログラマーで、手術の費用などは心配するなと笑っていた。
高額医療保障制度もあるし、大丈夫。
でも、お父さんとお母さんにだけは内緒にしておいて。
手術が終わったら言うから。
迷惑かけてゴメンね。
迷惑かけてゴメンね、と、何回も繰り返す妹に、俺は「迷惑じゃないよ」としか言えなかった。

医者に話を聞いたら、本当は初期じゃなかった。
だいぶ進行していて既に末期だという。
手術中に死ぬかもしれないとも言われた。
手術しても助からないかもしれないとも言われた。

俺は両親に言ってしまった。

親父は絶句して、お袋は精神的なショックで一時的に左耳が聴こえなくなった。
でも、二人ともすぐに入院した妹に会いに行った。

597 :2/3 :04/07/29 04:21 ID:eCoBJSET
妹が俺を責めた。
「何で言ったの。言わないでって言ったじゃない」
俺は「ゴメン」しか言えなかった。
死ぬかもしれない妹に、とにかく両親を会わせてやりたかった。

でも本当は、妹の死を一人で背負う事が辛かったんだと思う。
俺は弱い卑怯者だと思う。

手術の日、手術室に移される前に、妹が俺に言った。
「迷惑かけてゴメンね」
俺はやっぱり、「迷惑じゃないよ」としか言えなかった。

手術は腹を開いただけだった。
検査で分かっていたが、手術をしても無駄なほど癌が進行していた。

それから二ヵ月後、妹は死んだ。27歳だった。
死ぬまで、俺は毎日病院に通った。仕事の合間にも顔を出した。周囲にはいい兄貴に見えたと思う。
そんなに仲がいい兄妹じゃなかったと思うが、それでも毎日病院に通った。
妹は何度も、「迷惑かけてゴメンね」と謝った。

意識がなくなる二日前、俺に
「お父さんとお母さんに教えたって、責めてゴメンね。
 迷惑かけてゴメンね」
と言った。
俺は「迷惑じゃないよ」としか言えなくて、自分が死にたくなった。

598 :3/3 :04/07/29 04:22 ID:eCoBJSET
もうすぐ妹の命日だが、今でも後悔している事がたくさんある。
もっと気の利いたことを言ってやりたかった。
調べればもっといい病院があったかもしれない。探してやりたかった。
今まで全然甘えなかった妹が最後に俺を頼ったのに、俺は何もしてやれなかった。

27年間、もしやり直せるんだったら、俺はもっと強くていい兄貴になりたい。
でもそれはできない。
立ち直るまでまだもう少し時間がかかりそうだが(一年も経ってまだ立ち直ってないのかと自分でも思うが)、
妹の分までしっかり生きていってやろうと思ってる。
もっと強くていい兄貴になって、天国の妹が自慢に思ってくれるような人間になりたい。


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